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日本人は倹約を旨とし

「最後の忠臣蔵」 完成報告記者会見

杉田監督: かつての日本人は倹約を旨とし、清貧を美として、己を律して、他人に尽くすことを善としてきました。 そういった日本人の美しさを描いた作品が出来ました。 かつての日本映画が持っていたようなテンポ、芝居、美意識があるものが出来上がったと思います。

役所: 国民的なドラマ 「北の国から」 の監督である杉田監督の世界がよく表れている作品だと思います。素晴らしい出演者の方々と一緒で、刺激的で楽しい現場でした。

佐藤: 僕も含めて今の日本人には伝わりにくい言葉だと思うのですが、 「清貧」 「忍耐」 という言葉では表現しきれない、日本人の持つ忍ぶ感情その美しさがこの映画にはあると思います。
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;『日本人と中国人』 第四章 ことだま

陳舜臣 『日本人と中国人』 (集英社文庫)

第四章 ことだま――”同文同種”と思いこむことの危険・・・・・・87頁
[道しるべ]・・・・・・88頁
  ・ 日本にとって中国は ”打出 (うちで) での小槌 (こづち)”  
  ・ ”遁世” さえパターン化した日本
  ・ ”道しるべ” を建てた民族と、それに従った民族
  ・ ”以心伝心” とは過程のない理念

[ちょっとぼかす]・・・・・・96頁
  ・ 日本人の短期は日本語が原因
  ・ 結果がわからなければしゃべれない日本語
  ・ 日本語はあまりにも明晰すぎる。
  ・ 日本人の ”笑い” と ”語尾の省略” は同じ精神の姿勢

[同文同種に甘えるな]・・・・・・106頁
  ・ 中国と日本は ”同文同種” ではない
  ・ ”殺” とは ”殺す” ことではない
  ・ なぜ日本語に ”殺” の用字がすくないのか
  ・ 中国語の ”鬼才” は特定の個人の呼称
  ・ 両国語のニュアンスについて理解を深めよう
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日本の平和は日本人自身で…鳩山発言全文

(2010年6月2日13時11分 読売新聞)
 鳩山首相の民主党両院議員総会での発言は以下の通り。

鳩山発言全文1 今日まで頑張ってきたつもり…
お集まりの皆さん、ありがとうございます。そして国民の皆さん、本当にありがとうございました。国民の皆さんの昨年の暑い夏の戦い。その結果、日本の政治の歴史は大きく変わった。それは国民の判断は決して間違っていなかったと私は今でもそう確信をしている。こんなに若い素晴らしい国会議員がすくすくと育ち、国会の中で活動を始めてくれている。それも国民の判断のおかげだ。政権交代によって国民の皆さんのお暮らしが必ず良くなる、その確信の下で皆さん方がお選び頂き、私が首相として今日までその職を行って参りました。皆さん方と協力して日本の歴史を変えよう、官僚任せの政治じゃない、政治主導、国民が主役になる政治を作ろう。そのように思いながら今日まで頑張ってきたつもりだ。

 私は今日、お集まりの国会議員と一緒に国民のための予算を成立させることができたと、そのことを誇りに思っている。ご案内の通り子ども手当もスタートした。高校の無償化も始まっている。子どもに優しい未来に、魅力のある日本に変えていこう。その私たちの判断は決して間違っていない。そう確信している。

 産業を活性化させなきゃいけない。とくに1次産業が厳しい、農業の一生懸命やっている方の戸別所得補償制度、お米からではあるがスタートさせていくこともできている。そのことによって1次産業がさらに2次産業、3次産業と合わせて6次産業として大いに再生される日は近いと、私はそのようにも確信している。

鳩山発言全文2 国民が聞く耳持たなくなった…
 様々な変化が国民の暮らしの中に起きている。水俣病もそうだ。さらには医療崩壊が始まっている地域の医療を何とかしなきゃいけない。厳しい予算の中で医療費をわずかですが増やすことができたのも、国民の意思だと、私はそのように思っている。これから、もっともっと人の命を大切にする政治、進めていかなければならない。

 ただ、残念なことにそのような私たち政権与党のしっかりとした仕事が必ずしも国民の心に映っていない。国民が徐々に徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった。そのことは残念でなりませんし、まさにそれは私の不徳の致すところと、そのように思っている。

 その原因、二つだけ申し上げる。やはりその一つは、普天間の問題でありましょう。沖縄の皆さんにも(鹿児島県の)徳之島の皆さんにもご迷惑をおかけしています。ただ、私は本当に沖縄の外に米軍の基地をできる限り移すために努力をしなきゃいけない、今までのように沖縄の中に基地を求めることが当たり前じゃないだろう、その思いで努力をして参りましたが、結果として県外にはなかなか届きませんでした。これからも県外にできる限り、彼ら(米軍)の仕事を外に移すよう努力をして参ることは言うまでもありませんが、一方で北朝鮮が韓国の哨戒艇を魚雷で沈没させるという事案も起きている。北東アジアは決して安全安心が確保されている状況ではない。その中で日米の信頼関係を保つと言うことが、日本だけではなく、東アジアの平和と安定のために不可欠なんだという、その思いのもとで残念ながら、沖縄にご負担をお願いせざるを得なくなった。そのことで、沖縄の皆様方にもご迷惑をおかけしています。

鳩山発言全文3 日本の平和は日本人自身で…
 そして、特に社民党さんに政権離脱という厳しい思いをお与えしてしまったことを、残念でなりません。ただ、皆さん。私も、これからも社民党さんとは、さまざま、国民新党さんと共にではありますが、一緒にいままで仕事をさせてきていただいた、これからもできる限りの協力をお願いして参りたい。さらに、沖縄の皆さん方にも、これからもできる限り、県外に米軍の基地というものを少しずつでも移すことができるように、新しい政権として努力を続けていくのがなにより大切だと思っている。

 社民党より日米を重視した、けしからん。その気持ちも分からないでもありません。ただ、どうぞ、社民党さんとも協力関係を模索していきながら、いまここはやはり日米の信頼関係をなんとしても維持させていかなければならないという、その悲痛の思い、ぜひみなさんにもご理解を願いたいと思っている。私は、つまるところ、日本の平和、日本人自身で作り上げていくときをいつかは求めなければならないと思っている。アメリカに依存し続ける安全保障、これから50年、100年続けて良いとは思いません。そこのところも是非、みなさん、ご理解いただいて、だから鳩山がなんとしても少しでも県外にと思ってきた、その思い。ご理解を願えればと思っています。その中に私は、今回の普天間の本質が宿っている、そのように思っています。

鳩山発言全文4 規正法違反の元秘書、想像だに…
 いつか、私の時代は無理でありますが、あなた方の時代に日本の平和を、もっと日本人自身でしっかりと見つめあげていくことができるような、そんな環境を作ること、現在の日米の重要性は言うまでもありませんが、一方でそのことも模索をして頂きたい。私は、その確信の中で、しかし、社民党さんを政権離脱という大変厳しい道に追い込んでしまった。その責任は取らねばならない、そのように感じております。

 いま一つはやはり政治とカネの問題であります。自民党を飛び出して、さきがけ、さらには民主党をつくりあげて来ましたのも、自民党政治ではだめだ、もっとお金にクリーンな政権をつくらなければ、国民の皆さん、政権に対して決して好意をもってくれない。なんとしてもクリーンな政治をとりもどそうではないか、その思いでございました。

 それが結果として、自分自身が政治資金規正法違反の元秘書を抱えていたなどと言うことは、私自身まったく想像だにしておりませんでした。そして、そのことが、今日ご来会の議員の皆様方に大変なご迷惑をおかけしてしまったことを本当に申し訳なく、なんでクリーンであるはずの民主党の、しかも代表がこんな事件にまきこまれるのか。皆様方もさぞご苦労され、お怒りになったことだろうと思います。私は、そのような政治とお金に決別をさせる民主党を取り戻したいと思っています。みなさんいかがでしょうか。(拍手)

鳩山発言全文5 退陣、小沢幹事長と2度相談…
 この問題をめぐって、私自身もこの職を引かせていただくことになりますが、あわせてこの問題は小沢幹事長にも、政治資金規正法の議論があったことも、皆様方周知のことでございます。

 先般2度ほど、幹事長ともご相談を申し上げながら、「私も引きます。しかし、幹事長も恐縮ですが、幹事長の職を引いていただきたい。そのことによって、新しい民主党、よりクリーンな民主党を作り上げることができる」と申し上げました。幹事長も、「分かった」とそのように申されたのでございます。

 決して自動的という話ではありません、お互いにその責めを果たさなければならない。重ねて、申し上げたいと思いますが、今日も見えております小林千代美議員にも、その責めをぜひ負っていただきたい。

 誠に、この高い壇上から申し上げるのも恐縮でありますが、私たち民主党を再生させていくためには、とことんクリーンな民主党に戻そうじゃありませんか皆さん(拍手)。そのためのご協力をよろしくお願いいたします。

 必ず、そうなれば国民の皆さんが、新たな民主党に対して聞く耳を持っていただくようになる。そのように確信をいたしております。私たちの声も国民の皆さんに届くでしょうし、国民の皆さんの声も、私たちにすとっと通る新しい政権に生まれ変わると確信をしています。

鳩山発言全文6 20年先を読む宇宙人だった…
 皆さん、私はしばしば宇宙人だと言われております。

 それは、私なりに勝手に解釈すれば、今の日本の姿ではなく、5年、10年、20年、何か先の姿を国民の皆さんに常に申し上げているから、何をいっているのかわからんよと、そのように国民の皆さんに、あるいは映っているのではないか、そのようにも思います。

 たとえば、地域主権。原口大臣が先頭を切って走ってくれています。もともと、国が上で地域が下にある社会なんておかしいんです。私は地域のほうが主役になる日本にしていかなきゃならない、それがどう考えても、国会議員や国の官僚がいばっていて、くれてやるからありがたく思えと、中央集権の世の中は、まだ変わっていませんでした。

 そこに少なくとも、風穴が開いた。かなり大きな変化が今、できつつある。これからさらに一括交付金など強く実現をはかっていけば、日本の政治は根底から変わります。地域の皆さんが、思い通りの地域を作ることができる。そんな世の中に変えていけると思います。

 今すぐ、なかなか分からないかもしれません。しかし5年、10年たてば必ず、国民の皆さん、鳩山の言っていることはこういうことだったのかとわかっていただけるときが来ると確信しています。

鳩山発言全文7 新しい「公共」という考え方…
 新しい「公共」もそうです。

 官が独占している今までの仕事を出来る限り、公を開くということをやろうじゃありませんか。皆さん方が主役になって、本当に国民が主役になる、そういう政治を社会を作り上げることができる。

 まだ、なかなか新しい「公共」という言葉自体がなじみが薄くてよく分からんと、そう思われているかもしれません。ぜひ、今日お集まりの議員の皆さん、この思いをこれが正しいんだと。官僚が独占した社会でなく、出来る限り民が、国民の皆さんが出来ることは全部やりおおせる社会にかえていく、その力を貸して頂きたいと思います。

 「東アジア共同体」の話もそうです。今すぐという話ではありません、でも必ずその時代が来るんです。

 おかげさまで、3日ほど前、済州(チェジュ)島に行って、韓国の李明博大統領、中国の温家宝首相とかなりとことん話し合って参りました。東アジア、我々は一つだと。壁にwe are the one。我々は一つだと標語が掲げられていた。そういう時代を作ろうじゃありませんか。

 国境を越えて、お互いに国境というものを感じなくなるような、そんな世の中を作り上げていく。そこに初めて新たな日本というものを取り戻すことができる。私はそのように思っています。国を開くこと。そのことの先に未来を開くことができる。私はそう確信しています。

 ぜひ新しい民主党、新しい政権を皆様方の力によってお作りをいただきたい。その時に、今、鳩山が申していた、どうも先の話だなと思っていたことが必ず皆さんの連携の中で、よし分かった、理解をしていただける国民の気持ちになっていけると私はそう確信している。

鳩山発言全文8 大変ふつつかな私だったが…
 お話が長くなりました。私は済州島に行って、あのホテルの部屋の先にテラスがありまして、そのテラスのところに一羽のムクドリが飛んで参りました。どうもそのムクドリ、我が家にいるムクドリとまったく同じでありました。

 失礼、ヒヨドリであります。鳥の名前、間違えちゃいました。(会場、笑)一羽のヒヨドリが済州島のホテルに飛んで参りました。そのヒヨドリは我が家からヒヨドリかな、姿形が同じだからそのように勝手に解釈をして、この鳥も早くそろそろ戻って来いよ、そのことを招いているようにも感じた。

 雨の日には雨の中を、風の日は風の中を、自然に歩けるような苦しいときには雨天の友、お互いにそのことを理解し合いながら、しかし、その先に国民の未来というものをしっかり見つめ合いながら、手を携えて、この国難とも言えるときにぜひ皆さん、耐えながら、そして国民との対話の中で新しい時代をつかみ取って行こうではありませんか。

 今日はそのことを皆様方にお願い申し上げながら、大変、ふつつかな私でありましたけれども、今日まで8か月あまり、皆さんとともにその先頭に立って歩ませていただいたことに、心から感謝を申し上げながら、私からの国民の皆さん、特にお集まりの皆さん方へのメッセージとします。ご静聴ありがとうございました。

(おわり)


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文明論之概略 第六章 智徳の弁

文明論之概略 福澤諭吉


第六章 智徳の弁

 前章までの議論には、智徳の二字を熟語に用ひ、文明の進歩は世人一般の智徳の発生に関するものなりとの次第を述たれども、今此一章に於ては智と徳とを区別して其趣の異なる所を示す可し。

 徳とは徳義と云ふことにて、西洋の語にて「モラル」と云ふ。「モラル」とは心の行儀と云ふことなり。一人の心の中に慊(こころよ)くして屋漏(をくろう)に愧ざるものなり。智とは智徳と云ふことにて、西洋の語にて「インテレクト」と云ふ。事物を考へ事物を解し事物を合点する働なり。又此徳義にも智恵にも各二様の別ありて、第一貞実、潔白、謙遜、律儀等の如き一心の内に属するものを私徳と云ひ、第二廉恥、公平、正中、勇強等の如き外物に接して人間の交際上に見はるゝ所の働を公徳と名く。又第三に物の理を究めて之に応ずるの働を私智と名け、第四に人事の軽重大小を分別し軽小を後にして重大を先にし其時節と場所とを察するの働を公智と云ふ。故に私智或は之を工夫の小智と云ふも可なり。公智或は之を聡明の大智と云ふも可なり。而して此四者の内にて最も重要なるものは第四条の大智なり。蓋し聡明叡知の働あらざれば私徳私智を拡て公徳公智と為す可らず、或は公私相戻て相害することもある可し。古より明に此四箇条の目を掲げて論じたるものなしと雖ども、学者の議論にても俗間の常談にても、よく其意の在る所を吟味すれば果して此区別あるを見る可し。孟子に惻隠、羞悪、辞譲、是非は人心の四端なり、之を拡るときは火の始て燃へ泉の始て達するが如く、よく之を充れば四海を保つ可く、之を充たざれば父母に事(つか)ふるに足らずとあり。蓋し私徳を拡て公徳に至るの意ならん。又智慧ありと雖ども勢に乗ずるに如かず、鎡基(じき 鋤鍬)ありと雖ども時を待つに如かずとあり(『孟子』公孫上一)。蓋し時勢の緩急を察し私智を拡て公智と為すの義ならん。又俗間の談に某は世間に推出して申分なき人物、公用向には最上なれども一身の行状に至ては言語道断なりと云ふことあり。仏蘭西の宰相「リセリウ」の如き是なり。蓋し公智公徳に欠点なくして私徳に乏しきの謂なり。又某は囲碁、象棋、十露盤は勿論、何事にても工夫は上手なれども、所謂碁智恵、算勘にて、兎角無分別なる人物なりと云ふことあり。蓋し私智ありて公智なきを評するなり。右の如く智徳四様の区別は、学者も俗間も共に許す所のものなれば之を普通の区別と云はざるを得ず。先づ此区別を定めて次に其働を論ずること左の如し。

 前に云へる如く聡明叡知の働あらざれば私智を拡て公智と為すを得ず。譬へば囲碁、闘牌(カルタ)、弄椀珠(シナダマ)等の技芸も人の工夫なり、窮理器械等の術も亦人の工夫にして、等しく精神を労するの事なれども、其事柄の軽重大小を察して重大の方に従事し以て世間に益すれば、其智恵の働く所、稍や大なりと云ふ可し。或は又自から其事に手を下ださゞるも、事物の利害得失を察すること「アダム・スミス」が経済の法を論ずるが如くして、自から天下の人心を導き一般に富有の源を深くすることあるは、智恵の働の最も至れるものと云ふ可し。何れにも小智より進て大智に至るには聡明叡知の見なかる可らざるなり。又士君子の口吻に、天下を洒掃(さいさう)すれども庭前は顧みるに足らずなどゝて、治国平天下の術を求めて大に所得あれども、一身一家の内を脩ること能はざる者あり。或は一心一向に律儀を守て戸外の事を知らず、甚しきは身を殺して世に益するなき者あり。何れも皆聡明の働に乏しくして事物の関係を誤り、大小軽重を弁ずる能はずして脩徳の釣合を失したるものなり。是に由て考れば聡明叡知の働は恰も智徳を支配するものなるが故に、徳義に就て論ずるときは之を大徳と云ふも可なりと雖ども、爰に天下一般の人心に従て字義の用ひ来りに拠れば之を徳と名く可らずの由縁あり。蓋し古来我国の人心に於て徳義と称するものは、専ら一人の私徳のみに名を下したる文字にて、其考の在る所を察するに、古書に温良恭謙譲と云ひ、無為にして治ると云ひ、聖人に夢なしと云ひ、君子盛徳の士は愚なるが如しと云ひ、仁者は山野如しと云ふなど、都て是等の趣を以て本旨と為し、結局、外に見はるゝ働よりも内に存するものを徳義と名るのみにて、西洋の語にて云へば、「パッシ-ウ」とて、我より働くには非ずして物に対して受身の姿と為り、唯私心を放解するの一事を以て要領と為すが如し。経書を按ずるに其所説悉皆受身の徳のみを論ずるに非ず、或は活潑々地の妙処もあるが如くなれども、如何せん書中全体の気風にて其人心に感ずる所を見れば唯堪忍卑屈の旨を勧るに過ぎず。其他神仏の教とても脩徳の一段に至ては大同小異のみ。此教に育せられたる我国の人民なれば、一般の人心に拠るときは徳の字の義は甚だ狭くして、所謂聡明叡知等の働は此字義の中に含有することなし。都て文字の趣意を解くには、学者の定めたる字義に拘はらずして天下衆人の心を察し、其衆心に思ふ所の意味を取るを最も確実なりとす。譬へば舟遊山と云ふ文字の如し。一々字義を糺せば甚だ不都合なれども、世間一般に思ふ所にては、此文字の内に山に遊ぶと云ふ義を含有することなし。徳の字も亦斯の如し。学者流に従て義を糺せば其意味甚だ広しと雖ども、世人の解す所は則ち然らず、世俗にて無欲なる山寺の老僧を見れば之を高徳なる上人と尊崇すと雖ども、世に窮理、経済、理論等の学問に長ずる人物あれば、之を徳行の君子と云はずして才子又は智者と称すること必定なり。或は又古今の人物が大事業を成す者あれば之を英雄豪傑として称誉すると雖ども、其人の徳義に就て称する所は唯私徳の一事に在るのみにて、公徳の更に貴ぶ可きものは却て之を徳義の条目に加へずして往々忘るゝことあるが如し。世人の解す所にて徳の字の義の狭きこと以て見る可し。蓋し其心に自から智徳四様の区別を知らざるに非ざれども、時としては之を知るが如く又時としては知らざるが如く、結局天下一般の気風に制せられて其重んずる所、私徳の一方に偏したるものならん。故に余輩も此天下一般の人心に従て字義を定れば、聡明叡知の働は之を智恵の条目中に掲げて、彼の徳義と称するものは其字義の領分を狭くして唯受身の私徳に限らざるを得ざるなり。第六、七章に記す所の徳の字は悉皆この趣意に従て用ひたるものなれば、其議論の際、智恵と徳義とを比較して、智の働は重くして広く、徳の働は軽くして狭く、或は偏執なるが如くなれども、学者若し爰に記す所の趣意を了解せば之に惑ふことなかる可し。

 抑も未開の有様に於て私徳の教を主張して人民も亦其風に靡くは独り我国のみに非ず、万国皆然らざるはなし。蓋し国民の精神未だ発生せずして禽獣を去ること遠からざるの時代に於ては、先づ其粗野残刻の挙動を制馭して一身の内を緩和し人類の放心を求めしむるに忙はしければ、人間交際の入組たる関係に就ては之を顧るに遑あらず。猶衣食住の物に於ても、開闢の初には所謂手以て直に口に達するものにて、未だ家屋衣装の事を顧るに遑あらざるが如し。然るに文明次第に進めば人事も亦繁多に赴き、私徳の一器械を以て人間世界を支配す可きの理は万々ある可らずと雖ども、古来の習慣と人生懶惰の天賦とに由て古を慕ふて今に安んじ、一方に偏して平均を失ふたることなり。固より其私徳の条目は、万世に伝へて変ず可らず、世界中に通用して異同ある可らず、最も単一にして最も美なるものなれば、後世より之を改正す可らざるは無論なりと雖ども、世の沿革に従て之を用るに場所を撰び、又これを用るの法を工夫せざる可らず。譬へば食を求るは万古同様なれども、古は手以て直に口に達するの一法ありしもの、後世に至れば飲食の事にも千種万様の方術あるが如し。又これを譬へば私徳の人心に於けるは耳目鼻口の人身に於けるが如し。固より其有用無用を論ず可きに非ず。苟も人の名あれば必ず是れなかる可らず。耳目鼻口有無の議論は片輪者の住居する世界に行はる可きことなれども、苟も片輪以上の地位に上れば亦喋々の弁を費すに足らず。蓋し神儒仏なり、又耶蘇教なり、何れも上古不文の世に在て恰も片輪の時代に唱へたる説なれば、其時代に於て必用なるは固より論を俟たず。後世の今日に至るまでも世界中の人口、十に八、九は片輪なる可ければ、徳義の教も亦決して等閑にし難し。或は之がため喋々たらざる可らざるの勢もあらん。《儒者の道に誠を貴び、神仏の教に一向一心を勧る等、下流の民間に在ては最も緊要なる事なり。譬へば智力未だ発生せざる小児を育し、或は無智無術なる愚民に接して、一概に徳義などは人間のさまで貴ぶ可きものに非ずと云はゞ、果して誤解を生じて、徳は賎しむ可し、智恵は貴ぶ可しと心得、其智恵を又誤解して、美徳を棄てゝ奸智を求むるの弊に陥り、忽ち人間の交際を覆滅するの恐なきに非ざれば、此輩に向ては徳義の事に付き喋々の弁、なかる可らずと雖ども、誠心一向の私徳を以て人類の本分と為し、以て世間万事を支配せんとするが如きは、其弊も亦極て恐る可きものなり。場所と時節とを勘弁して、其向ふ所は高尚の域を期せざる可らず。》然りと雖ども文明の本旨は多事の際に動て進むに在るものなれば、上世の無事単一に安んず可らず。今の人として食を求るに手以て直に口に達するの法を快とせず、我身に耳目鼻口を具するも誇るに足らざるを知らば、私徳の一方を脩るも今だ人事を尽したるに非ざるの理は明白なる可し。文明の人事は極て繁多なるを要す。人事繁多なれば之に応ずる心の働も亦繁多ならざる可らず。若し私徳の一品を以て万事に応ず可きものとせば、今の婦人の徳行を見て之に満足するも理なしと云ふ可らず。支那日本にて風俗正しき家の婦人に、温良恭謙の徳を備へて、言忠信、行篤敬、よく家事を理するの才ある者は珍らしからずと雖ども、此婦人を世間の公務に用ゆ可らざるは何ぞや。人間の事務を処するには私徳のみを以て足らざるの証なり。結局余輩の所見は私徳を人生の細行として顧ざるには非ざれども、古来我国人の心に感ずる如く、唯この一方に偏して議論の本位を定るを好まざるなり。私徳を無用なりとして棄るには非ざれども、之を勤るの外に又大切なる智徳の働あるとの事を示さんと欲するのみ。

 智恵と徳義とは恰も人の心を両断して各其一方を支配するものなれば、孰れを重しと為し孰れを軽しと為すの理なし。二者を兼備するに非ざれば之を十全の人類と云ふ可らず。然るに古来学者の論ずる所を見れば、十に八、九は徳義の一方を主張して事実を誤り、其誤の大なるに至ては全く智恵の事を無用なりとする者なきに非ず。世の為に最も患ふ可き弊害なれども、此弊害を弁論するに当て一の困難あり。何となれば今の世に在て智恵と徳義との区別を論じて旧弊を矯めんとするには、先づ此二者の分界を明にし、以て其功用の所在を示すことなれば、思想浅き人の目を以て見るときは、或は其議論は徳を軽んじて智を重んじ漫に徳義の領分を犯すものなりとて不平を抱く者もあらん。或は其議論を軽々看過して、徳義は人間に無用なりとて誤解する者もある可ければなり。抑も世の文明のために智徳の共に入用なるは、猶人身を養ふに菜穀と魚肉と両ながら欠く可らざるが如し。故に今智徳の功用を示して智恵の等閑にす可らざるを論ずるは、不養生なる菜食家に向て肉食を勧るに異ならず。肉食を勧るには必ず肉の功能を説て菜穀の弊害を述べ、菜肉共に用ひて両ながら相戻らざるの理を明にせざる可らず。然るに此菜食家なる者、其片言を信じて、断じて菜穀を禁じて魚肉のみを喰はんとすることあらば、惑の甚しきなり。之を誤解と云はざるを得ず。窃に按ずるに古今の識者も智徳の弁を知らざるに非ざれども、唯この誤解の弊害を恐れて云はざることならん歟。然りと雖ども知て之を云はざれば際限ある可らず。何事にても道理にさへ叶ふことなれば、十人は十人悉皆誤解するものに非ず。或は遇ま十に二、三の誤解あるも尚云はざるに優れり。二、三の誤解を憚りて七、八の智見を塞ぐの理なし。畢竟世人の誤解を恐れて云ふ可き議論をも隠さんとし、或は其議論を装ふて曖昧の際に人を導んとし、所謂坐を見て法を説く(その場の雰囲気に合せること)の策を運らすは、同類の生々を蔑視するの挙動と云ふ可し。世人愚なりと雖ども黒白は弁ずるものなり。同類の人間に甚しき智愚はある可らず。然るに我心を以て人の愚を察し、其誤解を臆度して事の真面目を告げざるは、敬愛の道を失するに非ずや。君子の為す可らざることなり。苟も我に是とする所のものあらば丸出しに之を述て隠すことなく、其可否の判断は他に任して可なり。是即ち余輩が敢て弁を好て智徳の差別を論ずる由縁なり。

 徳義は一人の心の内に在るものにて他に示すための働に非ず。脩身と云ひ慎独と云ひ、皆外物に関係なきものなり。譬へば無欲正直は徳義なれども、人の誹謗を恐れ世間の悪評を憚りて無欲正直なる行を勉るものは、これを真の無欲正直と云ふ可らず。悪評と誹謗とは外の物なり。外物のために動くものは徳義と称す可らず。若しこれを徳義といはゞ、一時の事情にて世間の咎めを遁るゝを得るときは、貪欲不正の事を行ふも徳義に於て妨げなかる可し。斯の如きは則ち偽君子と真君子との区別はある可らず。故に徳義とは一切外物の変化に拘はらず、世間の譏誉を顧ることなく、威武も屈すること能はず、貧賎も奪ふこと能はず、確乎不抜、内に存するものを云ふなり。智恵は則ち之に異なり。外物に接して其利害得失を考へ、此の事を行ふて不便利なれば彼の術を施し、我に便利なりと思ふも衆人これを不便利なりと云へば輙(すなは)ち又これを改め、一度び便利と為りたるものも更に又便利なるものあれば之を取らざる可らず。譬へば馬車は駕籠よりも便利なれども、蒸気力の用ゆ可きを知れば又蒸気車を作らざる可らず。此馬車を工夫し蒸気車を発明し、其利害を察して之を用るものは智恵の働なり。斯の如く外物に接して臨機応変以て処置を施すものなれば、其趣全く徳義と相反して之を外の働と云はざるを得ず。有徳の君子は独り家に居て黙坐するも、これを悪人と云ふ可らずと雖ども、智者若し無為にして外物に接することなくば、これを愚者と名るも可なり。

 徳義は一人の行ひにて、其功能の及ぶ所は先づ一家の内に在り。主人の行状正直なれば家内の者自から正直に向ひ、父母の言行温順なれば子供の心も自から温順に至る可し。或は親類朋友の間、互に善を責て徳の門に入る可しと雖ども(『孟子』離婁下三一)、結局忠告に由て人を善に導くの領分は甚だ狭し。所謂毎戸に諭す可らず毎人に説く可らずとは即ち此事なり。智恵は則ち然らず。一度び物理を発明してこれを人に告れば、忽ち一国の人心を動かし、或は其発明の大なるに至ては、一人の力、よく全世界の面を一変することあり。「ゼイムス・ワット」蒸気機関を工夫して世界中の工業これがために其趣を一変し、「アダム・スミス」経済の定則を発明して世界中の商売これがために面目を改めり。其これを人に伝るや、或は言を以てし或は書を以てす可し。一度び其言を聞き其書を見て之を実に施す人あれば、其人は正しく「ワット」と「スミス」に異ならず。故に昨日の愚者は今日の智者と為りて、世界中に幾千万の「ワット」と「スミス」を生ず可し。其伝習の速にして其行はるゝ所の領分の広きは、彼の一人の徳義を以て家族朋友に忠告するの類に非ず。或人云く、「トウマス・クラルクソン」が一心を以て世に売奴の悪法を除き、「ジョン・ホワルド〈John Howard〉」が勉強に由て獄屋の弊風を一掃したるは、徳義の働なれば、其功徳の及ぶ所亦洪大無量と云はざるを得ずと。答て云く、誠に然り、此二士は私徳を拡て公徳と為し、其功徳を洪大無量ならしめたるものなり。蓋し二士が事を施すに当て、千辛万苦を憚らずして工夫を運らし、或は書を著し或は財を散じ、難を凌ぎ危を冒して、世間の人心を動かし、遂によく其大業を成したるは、直に私徳の功に非ず、所謂聡明叡知の働と称す可きものなり。二士の功業大なりと雖ども、世の人心に従て徳の字を解し、徳義の一方に就て之を見れば、身を殺して人を救ふより外ならず。今爰に仁人ありて、孺子(じゆし)の井に入るを見て之を救はんがために共に身を失ふも、「ジョン・ホワルド」が数万の人を救ふて遂に身を殺したるも、其惻隠の心を比較すれば孰か深浅の別ある可らず。唯彼は一孺子のためにし、此は数万人のためにし、彼は一時の功徳を施し、此は万代に功徳を遺すの相違あるのみ。身を致すの一段に至ては此と彼との間に徳義の軽重あることなし。其数万の人を救ひ万代の後に功業を遺したるは、「ホワルド」が聡明叡知の働に由て其私徳を大に用ひ、以て功徳の及ぶ所を広く為したるものなり。故に此仁人は私徳を有して公徳公智に乏しき者なり、「ホワルド」は公私両ながら之を有する者なり。之を譬へば私徳は地金の如く聡明の智恵は細工の如し。地金に細工を施さゞれば鉄も唯重くして堅きのみの物なれども、之に少しく細工を施して鎚と為し釜と為せば、乃ち鎚と釜との功能あり。又少しく工夫を運らして小刀と為し鋸と為せば、乃ち小刀と鋸の功能あり。尚其細工を巧にすれば巨大なるは蒸気機関と為る可し、精細なるは時計の弾機(ばね)となる可し。今世間にて大釜と蒸気機関とを比較せば、誰か機関の功能を大なりとして之を貴ばざる者あらん。其これを貴ぶは何ぞや。大釜と機関と地金の異なるに非ず、唯其細工を貴ぶなり。故に鉄の器械を見て其地金を論ずるときは、釜も機関も鎚も小刀も正しく一様なれども、此諸品の内に貴き物と賎しき物との区別を生ずるは、之に細工を施すの多少あればなり。智徳の釣合ひも亦斯の如し。彼の孺子を救はんとしたる仁人も「ジョン・ホワルド」も、其徳行の地金に就て見るときは軽重大小の別なしと雖ども、「ホワルド」は此徳行に細工を施して其功能を盛大に為したるものなり。而して其細工を施したるものは即ち智恵の働なれば、「ホワルド」の為人(ひとゝなり)は之を評して唯徳行の君子とのみ云ふ可らず。智徳兼備して然も其聡明の智力は古今に絶したる人物と云ふ可し。若し、この人をして智力なからしめなば、一生の間、蠢爾(しゆんじ)として家に居り、一冊の聖経を読て命を終り、其徳義を以てよく妻子を化することを得る歟、或はこれを得ざることもある可し。奈何ぞ此大事業を企て欧羅巴全州の悪風俗を除くを得んや。故に云く、私徳の功能は狭く智恵の働は広し。徳義は智恵の働に従て其領分を弘め其光を発するものなり。

 徳義の事は古より定て動かず。耶蘇の教の十誡なるものを挙れば、第一「ゴッド」の外に神ありと思ふ勿れ、第二偶像の前に膝を屈する勿れ、第三「ゴッド」の名を空ふする勿れ、第四礼拝の日を穢す勿れ、第五汝の父母を敬せよ、第六人を殺す勿れ、第七穢れたる言行思想を避けよ、第八貧賎なりと雖ども盗む勿れ、第九故さらに詐(いつは)る勿れ亦詐を好む勿れ、第十他人の物を貪る勿れ、以上十箇条なり。孔子の道の五倫とは、第一父子親ありとて親子相親しむことなり、第二君臣義ありとて旦那と家来との間には義理合を守て不実なる挙動ある可らずとのことなり、第三夫婦別ありとて亭主と妻君と余りなれなれしくして見苦しき様に陥る可らずとのことなり、第四長幼序ありとて年若き者は何事も差控て長老を敬す可しとのことなり、第五朋友信ありとは友達の間には偽詐を行ふ可らずとのことなり。此十誡五倫は聖人の定めたる教の大綱領にして数千年の古より之を変ず可らず。数千年の古より今日に至るまで盛徳の士君子は輩出したれども、唯この大綱領に就き註解を施すのみにて別に一箇条をも増加することなし。宋儒盛なりと雖ども五倫を変じて六倫と為すを得ず。徳義の箇条の少なくして変革す可らざるの明証なり。古の聖人は此箇条を悉く身に行ふたるのみならず人にも教へたることなれば、後世の人物如何に勉励苦心するも決して其右に出づ可きの理なし。之を譬へば聖人は雪を白しと云ひ炭を黒しと云たるが如し。後人これを如何す可きや。徳義の道に就ては恰も古人に専売の権を占められ、後世の人は唯仲買の事を為すより他に手段あることなし。是即ち耶蘇孔子の後に聖人なき所以なり。故に徳義の事は後世に至て進歩す可らず。開闢の初の徳も今日の徳も其性質に異同あることなし。智恵は則ち然らず。古人一を知れば今人は百を知り、古人の恐るゝ所のものは今人は之を侮り、古人の怪む所のものは今人は之を笑ひ、智恵の箇条の日に増加して其発明の多きは古来枚挙に遑あらず、今後の進歩も亦測る可らず。仮に古の聖人をして今日に在らしめ、今の経済商売の説を聞かしめ、或は今の蒸気船に乗せて大洋の波濤を渡り、電信を以て万里の新聞を瞬間に聞かしむる等のことあらば、之に落胆するは固より論を俟たず。或はこれを驚かすに必ずしも蒸気電信を要せず、紙を製して字を書くの法を教へ、或は版木彫刻の術を示すも尚これを敬服せしむるに足る可し。如何となれば此蒸気、電信、製紙、印書の術は悉皆後人の智恵を以て達し得たるものにて、此発明工夫を為すの間に聖人の言を聞て徳義の道を実に施したることなく、古の聖人は夢にも之を知らざりしことなればなり。故に智恵を以て論ずれば古代の聖賢は今の三歳の童子に等しきものなり。

 徳義の事は形を以て教ゆ可らず。之を学て得ると得ざるとは学ぶ人の心の工夫に在て存せり。譬へば経書に記したる克己復礼の四字を示して其字義を知らしむるも、固より未だ道を伝へたりと云ふ可らず。故に此四字の意味を尚詳にして、克己とは一身の私欲を制することなり、復礼とは自分の本心に立返て身の分限を知ることなりと、丁寧反覆これを説得す可し。教師の働は唯これまでにて、他に道を伝るの術なし。此上は唯人々の工夫にて、或は古人の書を読み或は今人の言行を聞見して其徳行に倣ふ可きのみ。所謂以心伝心なるものにて、或はこれを徳義の風化と云ふ。風化は固より無形の事なれば、其これに化すると化せざるとに就ては試験の法ある可らず。或は実に私欲を恣にしながら自分には私欲を制したりと思ひ、或は分外の事を為しながら自分には分限を知ると思ふ者もある可しと雖ども、其思ふと思はざるとは教る人の得て関す可きに非ず。唯これを学ぶ人の心の工夫に存するのみ。故に克己復礼の教を聞て、心に大に発明する者もあり、或は大に誤解する者もあり、或は之を蔑視する者もあり、或は之を了解するも却て外見を装ふて人を欺く者もあり。其趣千状万態にして、真偽を区別すること甚だ難し。仮令ひこの教を蔑視する者にても、外見を飾て人を欺く歟、又は之を誤解して之を信じ、真の克己復礼に非ざるものを是として疑はざる者あるときは、傍より之を如何ともす可らず。此時に至ては縄墨の以て証す可きものなきゆゑ、或はこれに告るに天を恐れよと云ひ、或は自から心に問へと云ふの外、手段ある可らず。天を恐れ心に問ふは一身の内の事にて、真に天を恐るゝも偽て天を恐るゝも外人の目を以て遽に看破す可き所に非ず。是即ち世に偽君子なる者の生ずる由縁なり。偽君子の甚しきに至ては、啻に徳義の事を聞て其意味を解するのみならず、自分にて徳義の説を主張し、或は経書の註解を著し、或は天道宗教の事を論じ、其議論如何にも純精無雑にして、其著書のみを取て之を読めば後世又一の聖人を出現したるが如きものあれども、退て其人の私に就て之を見れば言行の齟齬すること実に驚く可し、心匠の愚なること実に笑ふ可し。韓退之が仏骨の表を奉て天子を諌めたるは如何にも忠臣らしく、潮州に貶(へん)せられたる時には詩など作て忠憤の気を洩しながら、其後、遠方より都の権門へ手紙を遣て、きたなくも再び出仕を歎願したるは、此れこそ偽君子の張本なれ。此類を計へ上れば古今支那にも日本にも西洋にも韓退之の手下なきに非ず。巧言令色、銭を貪る者は論語を講ずる人の内に在り。無智を欺き小弱を嚇し名利を併せて両ながら之を取らんとする者は、耶蘇の正教を奉ずる西洋人の内に在り。此輩の小人は、無形の徳義に試験の縄墨なきを利し、徳義の門に出入して暫時にても密売を行ふ者と云ふ可し。畢竟徳義の働は以て人を制す可らざるの明証なり。《書経に今文と古文との区別あり。秦皇天下の書を焚て書経も共に亡び、漢興て文帝の時に済南の老学生伏勝よく二十九篇を暗記して之を伝へたるものを今文と名け、其後孔子の故宅を毀て壁中より古書を得たりとて之を古文と名く。故に今の書経五十八篇の内に今文二十九篇古文二十九篇あり。然るに今この今古の文を比較するに全く其体裁を異にし、今文は難渋、古文は平易、其文意語勢、明に両様の別ありて、何人の目を以て見るも秦火以前に行はれたる同一書中のものとは思はれず。必ず其一は偽作たるを免かれざるなり。殊に壁中古文の世に行はれたるは晋の時代にて、其以前、漢代に書中の一篇秦誓とて諸儒の引用したるものを、晋の時に偽秦誓と名けて之を廃したることあり。何れにも書経の由来は不分明なるものと云はざるを得ず。されども後世に至ては人の信仰益固くして、一に之を聖人の書と為し、蔡沈が書経集伝の序にも、聖人の心の書に見はれたるものなりと云へり。怪しむ可きに非ずや。蓋し蔡沈の意は今文古文等の区別を論ぜずとも、書中に記す所、聖人の旨に叶ふが故にとて之を聖書と見做したることならんと雖ども、今古の内、其一文は後世より聖人の意を迎へて作為したる文章なれば、之を偽聖書と云はざるを得ず。されば世の中に偽君子の多きは勿論、或は偽聖人を生じて偽聖書をも作る可きものと知る可し。》智恵は則ち然らず。世上に智恵の分量饒多なれば、教へずして互にこれを習ひ、自から人を化して智恵の領域に入らしむること、猶かの徳義の風化に異ならずと雖ども、智恵の力は必ずしも風化のみに藉て其働を伸るものに非ず。智恵は之を学ぶに形を以てして明に其痕跡を見る可し。加減乗除の術を学べば直に加減乗除の事を行ふ可し。水を沸騰せしめて蒸気と為す可きの理を聞き、機関を製して此蒸気力を用るの法を伝習すれば、乃ち蒸気機関を作る可し。既に之を作れば其功用は「ワット」が作りし機関に異ならず。之を有形の智教と云ふ。其教に形あれば亦これを試験するにも有形の規則縄墨あり。故に智恵の法術を人に授けたりと雖ども、之を実地に施すことに就き尚不安心の箇条あらば、之を其実地に試験す可し。之を試験して未だ実地の施行を能せざる者あらば、更に実地施行の手順を教ふ可し。何れも皆形を以て教ゆ可らざるものなし。譬へば爰に数学の教師あらん。十二を等分して六を得るの術を生徒に教へて、其これを実地に施し得るや否を試るには、十二個の玉を与へてこれを二に分たしめ、明に其術を得ると得ざるとを証す可し。生徒若し誤てこの玉を二に分ち八と四とに為さば、未だ術を得ざるものなり。若し然るときは再び説弁して之を試み、此度びは十二の玉を等分して六と六とにするを得れば、此一段の伝習は終りて、其学び得たる術の巧なるは教師に異なることなく、恰も天地の間に二人の教師を生じたるが如し。其伝習の速にして試験の明白なるは現に耳目を以て聞見す可し。航海の術を試るには船に乗て海を渡らしむ可し、商売の術を試るには物を売買せしめて其損益を見る可し、医術の巧拙は病人の治不治を見て知る可し、経済学の巧拙は家の貧富に由て証す可し。斯の如く一々証拠を見て其術を得たると否とを糺す、之を智術有形の試験法と云ふ。故に智恵の事に就ては外見を飾て世間を欺くの術なし。不徳者は装ふて有徳者の外見を示す可しと雖ども、愚者は装ふて智者の真似を為す可らず。是即ち世に偽君子多くして偽智者少なき由縁なり。或はかの経済家が天下の経済を論じて一家の世帯を保つの法を知らず、航海者が議論は巧なれども船に乗ること能はざるの類は、世間に其例少なからず。是等は所謂偽智者なるものに似たれども、畢竟世の事物に於て議論と実際と相異なる可きの理なし。唯徳義の事に就ては此議論と実際との相違を明にす可き縄墨に乏しきのみ。智恵の領分に於ては、仮令ひ此偽智者を生ずるも尚其真偽を糺す可き手段あり。故に航海者が船に乗ること能はずして、経済家が世帯に拙なることあらば、其人は必ず未だ真の術を知らざる者歟、又は別に其学び得たる術を妨るの源因ありて然るものなり。《譬へば経済家が奢侈を好み、航海者が身体虚弱にして其術は巧なれども之を実地に施すこと能はざるの類を云ふ。》然り而して、其術と云ひ又これを妨る所の源因と云ひ、皆是れ有形の事なれば、其有様を糺して、真に其術を得たる者歟、然らざる者歟を証するは難きに非ず。既に其真偽を証するときは、又傍より議論して之に教るの法もある可し、或は自から工夫して人に学ぶの路もある可し。結局智恵の世界には偽智者を容る可き地位を遺さゞるなり。故に云く、徳義は形を以て人に教ゆ可らず、形を以て真偽を糺す可らず、唯無形の際に人を化す可きのみ。智恵は形を以て人に教ゆ可し、形を以て真偽を証す可し、又無形の際に人を化す可し。

 徳義は一心の工夫に由て進退するものなり。譬へば爰に二少年あり、田舎の地方に生れて天稟謹直なること、二人毫も差別なき者、商売歟、又は学問のため都会の地に出て、其初は自から朋友を撰て之に交り、師を撰て之に学び、都会の人情の軽薄なるを見て私に歎息せし程のことなりしが、半年を過ぎ一年を経る間に、其一人は旧来の田舎魂を変じて都下の浮華を学び遂に放蕩無頼に陥て生涯の身を誤り、一人は然らずして益身を脩め其行状終始一なるが如くして嘗て田舎の本心を失はず、二人の徳行頓に雲壌懸隔することあり。其事実は今日東京に在る学問の生徒を見ても知る可し。若し此二少年をして故郷に在らしめなば、二人共に謹直なる人物にて、歳月を経るに従ひ有徳の老成人たる可き筈なるに、中年にして一人は徳より不徳に入り、一人はよく其身を全ふせし者なり。今其然る由縁を尋るに、二人互に天稟の異なるに非ず、又其交る所の人も同様にして学ぶ所のことも同様なれば、教育の良否に由るものと云ふ可らず。然るに其徳行の互に懸隔すること斯の如きは何ぞや。其一人の徳義は頓に趣を変じて却歩し、一人は其旧を守て之を失はざりしものにて、外物の働に強弱あるに非ず、一心の工夫に動と不動との別ありて、一は退き一は進たるの証なり。又少年の時より遊冶(ゆうや)放蕩を事とし、物を盗み人を害し悪業至らざる所なくして、親類朋友の交をも失ひ、殆ど世間に身を容る可き地位なきに至りし者にても、一旦豁然として心術を改め、前日の非を悔悟して後来の禍福を慮り、謹慎勉強して半生を終る者あり。其生涯の心事を見れば明に前後二段に分れ、一生にして正しく二生の事を為し、恰も桃の木の台に梅の芽を接ぎ、成木の後唯梅花のみを見て其根の桃の木たるは之を弁ず可らざるものゝ如し。試に世間に就て其実証を求めなば、昔の博徒が今の念仏者と為り、有名の悪漢が手堅き町人と為りたるの類は珍しからず。此輩は皆他人の差図に従て心事を改めたるに非ず、一心の工夫に由て改心したるものなり。在昔熊谷直実が敦盛を討て仏に帰し、或る猟師が子を孕たる猿を撃て生涯、猟を止めたりと云ふも此類なる可し。熊谷も仏に帰すれば則ち念仏行者にて旧の荒武者に非ず、猟師も鉄砲を抛て鋤を採れば則ち、やさしき百姓にて昔の殺生人に非ず。荒武者より念仏行者に変じ、殺生人より百姓に移るの事は、他人の伝習を要せず一心の工夫を以て瞬間に行ふ可し。徳と不徳との間に髪を容れざる者なり。智恵の事に至ては大に其趣を異にせり。人の生は無智なり、学ばざれば進む可らず。初生の児を無人の山に放たば、幸にして死せざるも其智恵は殆ど禽獣に異なる可らず。或は鶯の巣を架するが如き巧なる術は、教なき人間一代の工夫にては出来ざる可し。人の智恵は唯教に在るのみ。之を教れば其進むことも亦際限ある可らず。既に進めば又退くこともある可らず。二人の少年天稟相同じければ、之を教て亦共に進む可し。或は双方の進歩に遅速あるものは、其天稟相異なる歟、其教授の方同じからざる歟、或は二人の勤怠一様ならずして然るものなり。何等の事情あるも一心の工夫を以て頓に智を開くの術ある可らず。昨日の博徒は今日の念仏者と為る可しと雖ども、人の智愚は外物に触れずして一日の間に変化す可らず。又去年の謹直生は今年の遊冶郎に変じて其謹直の跡をも見ずと雖ども、人の既に得たる智見は健忘の病症に罹るに非ざれば之を失ふことなし。孟子は浩然の気と云ひ、宋儒の説には一旦豁然として通ずると云ひ、禅家には悟道と云ふことあれども、皆是無形の心に無形の事を工夫するのみにて其実跡を見る可らず。智恵の領分に於ては、一旦豁然として之を悟り、其功用の盛なること、かの浩然の気の如きものある可らず。「ワット」が蒸気機関を発明し、「アダム・スミス」が経済論を首唱したるも、黙居独坐、一旦豁然として悟道したるに非ず、積年有形の理学を研究して其功績漸く事実に顕はれたるものなり。達磨大師をして面壁九十年ならしむるも蒸気電信の発明はある可らず。今の古学者流をして和漢の経書万巻を読ましめ、無形の恩威を以て下民を御するの妙法を工夫せしむるも、方今の世界に行はるゝ治国経済の門には遽に達す可らず。故に云く、智恵は学て進む可し、学ばざれば進む可らず、既に学て之を得れば又退くことある可らず。徳義は教へ難く又学び難し、或は一心の工夫にて頓に進退することあるものなり。

 世の徳行家の言に云く、「徳義は百事の大本、人間の事業、徳に由らざれば成る可きものなし、一身の徳を脩れば成る可らざるものなし、故に徳義は教へざる可らず、学ばざる可らず、人間万事これを放却するも妨なし、先づ徳義を脩めて然る後に謀る可きなり、世に徳教なきは猶暗夜に灯を失ふが如くして、事物の方向を見るに由なし、西洋の文明も徳教の致す所なり、亜細亜の半開なるも亜非利加の野蛮なるも、其源因は唯徳義を脩るの深浅に従て然るものなり、徳教は猶寒暖の如く文明は猶寒暖計の如く、此に増減あれば忽ち彼に応じ、一度の徳を増すときは一度の文明を進るものなり」とて、人の不徳を悲み人の不善を憂ひ、或は耶蘇の教を入る可しと云ひ、或は神道の衰へたるを復す可して云ひ、或は仏法を持張す可しと云ひ、儒者にも説あり、国学者にも論ありて、異説争論囂々(がうがう)喋々、其悲憂歎息の有様は、恰も水火の将(まさ)に家を犯さんとするに当るものゝ如し。何ぞ夫れ狼狽の甚しきや。余輩の眼には自から又別に見る所あり。都て事物の極度を持出すとも之に由て議論の止まる所を定む可らず。今不善不徳とて極度の有様を本位に定めて、唯其一方を救はんとせば固より焦眉の急に似たれども、此一方の欠のみを補へばとて未だ人事を全ふしたりと云ふ可らず。猶彼の手以て直に口に達するの食を得るも人間の活計を成すと云ふ可らざるが如し。若し事物の極度を見て議論を定む可きものとせば、徳行の教も亦無力なりと云はざるを得ず。仮に今徳教のみを以て文明の大本と為し、世界中の人民をして悉皆耶蘇の聖教を読ましめ、之を読むの外に事業なからしめなば如何ん。禅家不立文字の教を盛にして、天下の人民文字を忘るゝに至らば如何ん。古事記五経を諳誦して忠義脩身の道を学び糊口の方法をも知らざる者あらば、之を文明の人と云ふ可きや。五官の情欲を去て艱苦に堪へ人間世界の何者たるを知らざる者あらば、之を開化の人と云ふ可きや。路傍に石像あり、三匹の猿を彫刻して、一は目を覆ひ、一は耳を覆ひ、一は口を覆へり。蓋し見ざる、聞ざる、云はざる、の寓意にて、堪忍の徳義を表したるものならん。此趣意に従へば、人の耳目口は不徳の媒妁にて、天の人を生ずるは之に附与するに不徳の具を以てするが如し。耳目口を害なりとせば手足も亦悪事の方便たらん。ゆえに盲聾唖子は未だ十全の善人に非ず、兼て四肢の働をも奪ふこそ上策なれ。或は斯る不具の生物を造るよりも、寧ろ世界に人類なからしめなば上策の上なる可し。之を造化の約束と云ふか。余輩少しく疑なきを得ず。されども耶蘇の聖経を念じ、不立文字の教に帰し、忠義脩身の道を尊び、五官肉体の情欲を去る者は、徳義の教を信じて疑はざるものなり。教を信じて疑はざる者は仮令ひ無智なりと雖ども之を悪人として咎るの理なし。無智を咎るは智恵の事なり、徳義の関る所に非ず。故に極度を以て論ずれば、徳義に於ては私徳を欠く者を見て概して之を悪人と為し、教の目的は唯世に此悪人を少なくするの一事に在るが如し。然りと雖どもよく広く人心の働を察して其事跡に見はるゝ所を詳にすれば、此悪人を少なくするの一事を以て文明と云ふ可らざるの理あり。今田舎の土民と都会の市民とを比して私徳の量を計れば、何れの方に多きや明に之を決し難しと雖ども、世間一般の論に従へば先づ田舎の風俗を質朴なりとして悦ぶことならん。仮令ひ之を悦ばざるも、田舎の徳風を薄しとして都会の風を厚しとする者はなかる可し。上古と近世とを比し、子供と大人とを比するも亦斯の如し。然るに其文明如何を論ずるときは、都会は文明なりと云ひ近世は文明進歩したりと云はざる者なし。然ば則ち文明は唯悪人の多少を以て其進退を卜す可らず。文明の大本は私徳の一方に在らざること明白に証す可しと雖ども、彼の徳行の識者は初より議論の極度に止まり、思想に余地を遺さずして一方に切迫し、文明の洪大なるを知らず、文明の雑駁なるを知らず、其働くを知らず、其進むを知らず、人心の働の多端なるを知らず、其知徳に公私の別あるを知らず、其公私互に相制するを知らず、互に相平均するを知らず、都て事物を一体に纏めて其全局の得失を判断するの法を知らずして、唯一心一向に此世の悪人を少なくせんことを欲し、其弊や遂に今の世界の人民をして犠昊(伏犠と少昊)以上の民の如くならしめ、都会をして田舎の如くならしめ、大人をして小児の如くならしめ、衆生をして石の猿の如くならしめんとするの陋見に陥りたるものなり。必竟神儒仏及び耶蘇の教とても其本旨は斯の如く切迫なるものに非ざること無論なりと雖ども、唯如何せん、世間一般の気風にて其教を伝へ又これを受るの際に人心に感ずる所の結果を見れば、終に此陋弊を免かるゝを得ず。其趣を形容して云へば、酸敗家の甚しき者へは、何等の飲食を与ふるも尽く酸敗して滋養の功を奏せざるが如し。飲食の罪に非ず、痼疾の致す所なり。学者これに注意せざる可らず。

 又彼の識者が甚しく世の不徳を憂る由縁を尋るに、畢竟世の人をば悉皆悪しき者と思ふて之を救はんとするの趣意なる可し。其婆心は真に貴ぶ可しと雖も、世の人を罪業深き凡夫と名るは、所謂坐を見て説くの方便のみ、其実は必ずしも然らず。人類は生涯の間、孜々として悪事のみを為す者に非ず。古今世界中に於て如何なる善人にても必ず悪行なきを保す可らず、如何なる悪人にても亦必ず善行なきを期す可らず。人の生涯の行状を平均すれば、善悪相混じて善の方多きものならん。善行多ければこそ世の文明も次第に進たることなれ。而して其善行は悉皆教の力のみに由て生じたるものに非ず。人を誘て悪に陥れんとして、其謀の必ず百発百中ならざることあらば、乃ち此謀を倒にして善に用ゆるも亦、必ず人を導て善に移す可らざるを証す可し。到底(ツマリ)人の心の善悪は人々の工夫に在るものにて、傍より自由自在に与奪す可きものに非ず。教の行届かざる古代の民に善人あり、智力発生せざる子供に正直なる者多きを見れば、人の性は平均して善なりと云はざるを得ず。徳教の大趣意は其善の発生を妨げざるに在るのみ。家族朋友の間に善を責るとは、其人の天性になきものを傍より附与するに非ず、其善心を妨げるものを除くの術を教へ、本人の工夫を以て自己の善に帰らしむるのみ。故に徳義は人力の教のみを以て造る可きものに非ず、之を学ぶ人の工夫に由て発生するものなり。且其所謂徳行とは此章の初にも記したるが如く唯受身の私徳にて、其結局は一身の私慾を去り、財を愛まず名を貪らず、盗むことなく詐ることなく、精心を潔白にして誠のためには一命をも抛つものを指して云ふことなれば、即ち忍難の心なり。忍難のこころ、固より非なるに非ず。之をかの貪吝詐盗大悪無道の不徳に比すれば同日に論ず可らずと雖も、人の品行に於て此忍難の善心と此不徳の悪心との間には尚千種万様の働ある可き筈なり。前段に智徳の箇条を四様に分たれども、其細目を枚挙せば殆ど際限ある可らず。恰も善悪を甚暑甚寒の両極と為して、其間には春もあり秋もあり薄暑もあり向寒もありて、冷温の度に限なきが如し。もし人類をして其天性を全ふするを得せしめなば、甚寒の悪心は素より既に之を脱して遥に上流に在る可き筈に非ずや。人に盗詐の心あらざればとて何ぞ之を美徳とするに足らん。不盗不詐等の箇条は人類の品行に計へ込む可きものに非ず。若し夫れ貪吝詐盗大悪無道なるあらば、人にして人に非ざる者なり。其心を内に包蔵すれば世間の軽蔑を受け、其所業を外形に顕すときは人間交際の法を以て之を罰す可し。何れにも因果応報の次第は明にして、懲悪の具、外に備はり、勧善の機、内に存するものと云ふ可し。然るに今孜々として私徳の一方を教へ、万物の霊たる人類をして僅に此人非人の不徳を免かれしめんことを勉め、之を免かるゝを以て人生最上の約束と為し、此教のみを施して一世を籠絡せんとして却て人生天稟の智力を退縮せしむるは、畢竟人を蔑視し人を圧制して其天然を妨るの挙動と云はざるを得ず。一度び心に圧制を受れば之を伸すこと甚だ易からず。かの一向宗の輩は自から認めて凡夫と称し、他力に依頼して極楽往生を求め、一心一向に弥陀を念じて六字の名号を唱るの外、更に工夫あることなし。漢儒者が孔孟の道に心酔して経書を復読するの外に工夫なく、和学者が神道を信じて古書を詮索するの外に工夫なく、洋学者が耶蘇の教を悦て日新の学問を忘れ、一冊の「バイブル」を読むの外に工夫なきが如きも、皆一向宗の類なり。固より此流の人にても、其信ずる所を信じて一身の内を脩め自から人間交際の風を美にするの功能は世の裨益の一箇条なれば、決して之を無用として咎るの理なし。譬へば文明の事業を智徳の一荷と為して、人々此荷物を担ふ可きものとすれば、教を信じて一身の徳を脩るは即ち其片荷を負ふ者にて、一方の責は免れたりと雖ども、唯其信ず可きを信ずるのみにて働く可きを働かざるの罪は遁れ難し。其事情恰も脳を有して神経なきが如く、頭を全ふして腕を失ふが如し。畢竟人類の本分を達して其天性を全ふしたる者に非ざるなり。

 右の如く私徳は他人の力を以て容易に造る可きものに非ず。仮令ひよく之を造るも智恵に依頼せざれば用を為す可らず。徳は智に依り、智は徳に依り、無智の徳義は無徳に均しきなり。左に其証を示さん。今の学者、耶蘇の宗教を便利なりとして神儒仏を迀遠なりとするは何ぞや。其教に正邪の別ある乎。其正其邪は余輩の敢て知らざる所、これを弁ずるは本書の趣意に非ざれば姑く擱き、其民心に感ずる所の功能に就て論ずるときは、耶蘇の教も亦必ずしも常に有力なるに非ず。欧羅巴の教化師が東洋諸島及び其他野蛮の地方に来て、其土人を改宗せしめたるの例は古来少しとせず。然るに今日に至るまで土人は依然たる旧の土人にて、其文明の有様固より欧羅巴に比較す可らず。夫婦の区別も知らざる赤裸の土人が寺に群集して、一母衆父の間に生れたる其子供に、耶蘇正教の洗礼を行ふも唯是れ改宗の儀式のみ。或は其地方に文明の端を開て進歩に赴きしものも稀にこれありと雖ども、其文明は必ず教師の伝習したる文学技芸と共に進たるものにて、唯宗教の一事のみに由て生じたる結果に非ず。宗教は表向の儀式と云ふ可きのみ。又一方に就て見れば、神儒仏の教に育せられたる日本の人民にても、唯文明の名を下だす可らざるのみ、其心術に至ては悉皆これを悪人と云ふ可らず、正直なる者も亦甚だ多し。此趣を見れば神儒仏の道、必ずしも無力にして、耶蘇の教のみ独り有力なるに非ず。然ば則ち何を以て耶蘇の教を文明に便利なりとして神儒仏の道を迀遠なりとする乎。学者の考は前後不都合なるに似たり。今其議論の由て生ずる本を尋ね、其意見の在る所を砕て之を探るに、耶蘇の教は文明の国に行はれて文明と共に並立す可く、神儒仏の教は不文の国に行はれて文明と共に並立す可らざるが故に、此を迀遠なりとして彼を便利なりと云ひしことならん。然りと雖ども其行はるゝと行はれざる由縁は、教の本体に於て力の強弱あるに非ず、其本体を装ふて光明を増す可き智恵の働に巧拙の差あればなり。西洋諸国にて耶蘇教を奉ずる人は大概皆文明の風に浴したる者にて、殊に其教師の如きは唯聖経のみを読むに非ず、必ず学校の教を受て文学技芸の心得ある人物なれば、前年は教化師と為て遠国に旅行したる者も、今年は自国に在て法律の業を勤む可し、今日は寺に居て説法するも明日は学校に行て教師と為る可し、法俗兼備して法教と共に学芸を教へ人を智域に導くがゆゑに、文明と並立して相戻らざるのみ。故に人の此教を軽蔑せざるは唯其教の十戎のみを信ずるに非ず、教師の言行自から迀遠ならずして今日の文明に適するがために之に帰依するなり。今若し耶蘇の教師をして無学無術なること我山寺の坊主の如くならしめなば、仮令ひ其行状は正しくして聖人の如くなるも、新旧約書は諳誦して朝夕にこれを唱るも、文明の士君子にして誰かこの教を信ずる者あらんや。遇ま之を信ずる者あれば即ち其者は田夫野嫗(やおう)、数珠を捫(なで)て阿弥陀仏を念ずる輩のみ。此輩の目を以て見れば耶蘇も孔子も釈迦も大神宮も区別ある可らず。合掌して拝むものは狐も狸も皆神仏なり。意味も分らぬ読経を聞て涙を流す其愚民へ、何を教へて何の功を成す可きや。決して文明の功を成す可らず。此不文暗黒の愚民中に入込みて強ひて耶蘇の聖教を教へんとし、之に諭し之に説き、甚しきは銭を与へて之を導き、漸くこれに帰依する者あるに至るも、其実は唯仏法の内に耶蘇と名る一派を設けたるが如きのみ。斯の如きは則ち決して識者の素志に非ず。識者は必ず博学多才なる耶蘇の教師を入れて、宗教と共に其文学技芸を学び、以て我文明を達せんとするの意見なる可し。されども文学技芸は智恵の事なり。智恵の事を教るは必ずしも耶蘇の教師に限らず。智恵ある者に就て学ぶ可きのみ。然ば則ち、かの耶蘇教を便利なりとして神儒仏を迀遠なりとしたるは識者の了簡違に非ずや。余輩は固より耶蘇の教師を悪むに非ず、智恵さへある者なれば耶蘇の教師にても尋常の教師にても好悪の差別あることなし。唯博学多才にして身の正しき人を悦ぶのみ。若し天下に耶蘇の教師を除くの外は正しき人物なきものとすれば、固より此教師のみに従て何事も伝習す可しと雖ども、耶蘇の宗門は必ずしも正者専売の場所に非ず、広き世界には自から博学正直の士君子もある可し。之を撰ぶは人々の鑑定に任ず可きのみ。何ぞ独り耶蘇教の名目に拘泥するの理あらんや。何れにも教の本体に便不便はある可らず。唯これを奉ずる人民の智恵に由て価を変ずるものなり。耶蘇の教も釈迦の教も愚人の手に渡せば愚人の用を為すのみ。今の神儒仏の教も今の神職僧侶儒者輩の手に在て今の人民に教ればこそ迀遠なれ、若し此輩の人をして(期し難きことなりと雖ども)大に学ぶことあらしめ、文学技芸を以て其教を装ひ、文明の人の耳を借て之を説くことあらば、必ず其教に百倍の価を増して、或は他をして之を羨ましむるに至る可し。之を譬へば教は猶刀の如く、教の行はるゝ国の人民は猶工匠の如し。利刀ありと雖ども拙工の手に在れば其用を為さず。徳行も不文の人民に逢へば文明の用を為さゞるなり。かの徳行の識者は工匠の巧拙を誤て刀の利鈍と認めたるものと云ふ可し。故に云く、私徳は智恵に由て其光明を生ずるものなり。智恵は私徳を導て其功用を確実ならしむものなり。智徳両ながら備はらざれば世の文明は期す可らざるなり。

 新に宗教を入るゝの得失を論ずるは此章の趣意に非ざれども、議論の次第こゝに及びたるが故に、序ながら少しく云はざるを得ず。都て物を求るとは我に無きもの歟又は不足するものを得んとすることなり。爰に二箇条の求ありて、其孰か前後緩急を定るには、先づ我所有の有様を考へ、其全く我に無きもの歟、又は二の内、最も不足するものを察して之を求めざる可らず。蓋し一を求めて一を不用なりとするに非ず、両ながら入用なれども、之を求るに前後緩急の別あるのみ。文明は一国人民の智徳を外に顕はしたる現象なりとのことは前既に之を論じたり。而して日本の文明は西洋諸国のものに及ばずとのことも普く人の許す所なり。然ば則ち日本の未だ文明に達せざるは、其人民の智徳に不足する所ありて然るものなれば、此文明を達せんとするには智恵と徳義とを求めざる可らず。即是れ方今我邦に於ける二箇条の求なり。故に文明の学者は広く日本国中を見渡して此二者の分量を計り、孰か多くして孰か少なきを察するに非ざれば、其求の前後緩急を明に弁ず可らず。如何なる不明者と雖ども、日本全体の人民を評して徳義は不足すれども智恵は余ありと云ふ者はなかる可し。其証拠と為す可き箇条は甚だ多く且明にして計ふるに遑あらず、亦計ふるにも及ばざる程のことなれども、念のために一、二例を示さん。抑も日本に行はるゝ徳教は神儒仏なり、西洋に行はるゝものは耶蘇教なり。耶蘇と神儒仏と其説く所は同じからずと雖ども、其善を善とし悪を悪とするの大趣意に至ては互に大に異なることなし。譬へば日本にて白き雪は西洋にても白く、西洋にて黒き炭は日本にても黒きが如し。且徳教の事に就ては東西の学者頻りに自家の教を主張し、或は其書を著し或は他の説を駁して争論止むことなし。此争論の趣を見ても亦以て東西の教に甚しき優劣なきを徴す可し。凡物の力量略(ほぼ)相敵せざれば争論は起る可らず。牛と猫と闘ふたるを見ず、力士と小児と争ふたるを聞かず。争闘の起るは必ず其力、伯仲の間に在るものなり。かの耶蘇教は西洋人の智恵を以て脩飾維持したる宗教なれば、其精巧細密なること迚も神儒仏の及ぶ所に非ざる可しと雖ども、西洋の教化師は日本に来て頻りに其教を主張し神儒仏を排して己れの地位を得んとし、神儒仏の学者は及ばずながらも説を立てゝ之に敵対せんとして、兎に角に喧嘩争論の体裁を成すは何ぞや。西洋の教必ずしも牛と力士との如くならず、日本の教必ずしも猫と小児との如くならずして、東西の教、正しく伯仲の間に在るの明証と云ふ可し。其孰か伯た孰か仲たるは余輩の関する所に非ずと雖ども、我日本人も相応の教を奉じて其徳教に浴したる者なれば、私徳の厚薄を論ずるときは、西洋人に比して伯たらざるも必ず仲たり。或は教の議論に関せずして事実に就て見れば、伯たる者は却て不文なる日本人の内に多きこともあらん。故に徳の分量は仮令ひ我国に不足することあるも焦眉の急須に非ざること明なり。智恵の事は全く之に異なり。日本人の智恵と西洋人の智恵とを比較すれば、文学技術商売工業、最大の事より最小の事に至るまで、一より計へて百に至るも又千に至るも、一として彼の右に出るものあらず。彼に敵対する者なく、彼に敵対せんと企る者もなし。天下の至愚に非ざるの外は、我学術商工の事を以て西洋諸国に並立せりと思ふ者はなかる可し。誰か大八車を以て蒸気車に比し、日本刀を以て小銃に比する者あらん。我に陰陽五行の説を唱れば、彼には六十元素の発明あり。我は天文を以て吉凶を卜したるに、彼は既に彗星の暦を作り太陽太陰の実質をも吟味せり。我は動かざる平地に住居したる積りなりしに、彼は其円くして動くものなるを知れり。我は我邦を以て至尊の神洲と思ひしに、彼は既に世界中を奔走して土地を開き国を立て、其政令商法の斉整なるは却て我より美なるもの多し。是等の諸件に至ては、今の日本の有様にて決して西洋に向て誇る可きものなし。日本人の誇る所のものは唯天然の物産に非ざれば山水の風景のみ、人造の物には嘗てこれあるを聞かず。我に争ふの意なければ彼も亦争はず。外国人はよく自国の事に付て自負するものなれども、未だ蒸気車の便利を述て大八車の不便理を駁したるを聞かず。畢竟彼我の智恵の相違は牛と猫との如くにして互に争端を開かざるものなり。是に由て之を観れば、方今我邦至急の求は智恵に非ずして何ぞや。学者思はざる可らず。

 又一例を挙て之を示さん。田舎に人物あり、旧藩士族と云ふ。廃藩の前に家禄二、三百石を取り、君に仕へて忠、父母に事へて孝、夫婦別あり、長幼序あり、借金必ず払ひ、附合必ず勤め、一毫の不義理を犯したることなし。況や詐盗に於てをや。或は威を以て百姓町人を圧制したることあれども、固より身分の当然なれば心に恥る所なし。家は極て節倹、身は極て勉強、弓馬の芸、剣鎗の術、達せざるものなし。唯文字を知らざるのみ。今此人のために謀るに之を如何す可きや。徳を与へんか、将(は)た智を与へんか。試に之を徳に導き、突然として耶蘇の十誡を示すことあらば、第四誡までの箇条は生来知らざることなれば或は之を聞く可しと雖ども、第五誡以下に至ては此人必ず云はん、我は父母を敬せり、我は人を殺すの意なし、何ぞ婬(いん)することをせん、何ぞ盗むことをせんとて、一々抗論して容易に敬服することなかる可し。固より耶蘇の教は此十誡の白文を以て尽す可きに非ず、必ず意味深長なるものにて、父母を敬するにも自からの敬の法あり、人を殺さゞるにも自から殺さゞるの趣意あり、不婬にも義あり、不盗にも義あることならん。故に之に説くには丁寧反覆よく其旨を尽して、遂には此人の心を感動せしむることもある可しと雖ども、兎に角に徳行の事に就ては、此士族平生の行状に於て、少なくも初段の心得はある者と云はざるを得ず。然るに一方より其智恵に就て所得を試るに、渾身恰も空虚なるが如し。五色の区別は僅に弁ずれども天然七色の理は固より之を知らず、寒暑の挨拶は述れども寒暖計昇降の理は之をしらず、食事の時は誤らざれども時計の用法をば解すこと能はず、生国の外に日本あるを知らず、日本の外に外国あるを知らず、何ぞ内の形勢を知らん、何ぞ外の交際を知らん、古風を慕ひ古法を守り、一家は恰も一小乾坤にして、其眼力の及ぶ所は唯家族の内を限り、戸外に出ること僅に一歩にして世界万物悉皆暗黒なる者の如し。廃藩の一挙以て此小乾坤を覆へし、今日に至ては唯途方に暮るゝのみ。概して此人物を評すれば愚にして直なりと云ふの外は名状す可きなし。斯る愚直の人民は唯旧藩士族のみに限らず世間に其類甚だ多し。人の普く知る所にして、学者も政府も共に患る所のものなり。然るに、かの徳行の識者は尚この愚民に説て耶蘇の正教を伝へ其徳義を進めんとするに忙はしくして、其智恵の有無は捨てゝ問はざる乎。識者の目には唯愚にして不直なる者のみを見ることなる可しと雖ども、世間には愚にして直なる者も亦甚だ多し。識者これに向て何等の処置を施さんとするや。其直をして益直ならしめ、其愚をして益愚ならしめんと欲する乎。物を求るに前後緩急の弁別なきものと云ふ可し。西洋家流の人は常に和漢の古学を迀遠なりとして詈(ののし)るに非ずや。其これを詈るは何ぞや。事実に智恵の働なきを咎るものならん。他を咎て自から其覆轍に傚ひ、自から築て自から毀つ、惑へるの甚しきなり。

 宗教は文明進歩の度に従て其趣を変ずるものなり。西洋にても耶蘇の宗旨の起りし其初は羅馬の時代なり。羅馬の文物盛なりと雖ども、今日の文明を以て見れば概してこれを無智野蛮の世と云はざるを得ず。故に耶蘇の宗教も其時代には専ら虚誕妄説を唱へて、正しく当時の人智に適し、世に咎めらるゝこともなく世を驚かすこともなく、数百年の間、世と相移りて次第に人の信仰を取り、其際に自から一種の権力を得て却て人民の心思を圧制し、其情状、恰も暴政府の専制を以て衆庶を窘るが如くなりしが、人智発生の力は大河の流るゝが如く、之を塞がんとして却て之に激し、宗旨の権力一時に其声価を落すに至れり。即ち紀元千五百年代に始りたる宗門の改革、是なり。此改革は羅馬の天主教を排して「プロテスタント」の新宗派を起したることにて、是より両派、党を異にして相互に屹立すと雖ども、今日の勢にては新教の方、次第に権を得るが如し。抑も此両派は元と同一の耶蘇教より出たるものにて、其信ずる所の目的も双方共に異なることなしと雖ども、新教の盛なる由縁は、宗教の儀式を簡易に改め、古習の虚誕妄説を省て正しく近世の人情に応じ、其智識進歩の有様に適すればなり。概して云へば旧教は濃厚にして愚痴に近く、新教は淡薄にして活潑なるの差あるなり。世情人古今の相違を表し出したるものと云ふ可し。

 右所記に従へば、欧羅巴の各国にて文明の先なるものは必ず新教に従ひ、後なるものは必ず旧教を奉ず可き筈なるに、亦決して然らず。譬へば今蘇格蘭(すこつとらんど)と瑞典(すえーでん)との人民は妄誕に惑溺する者多くして、仏蘭西人の穎敏活潑なるに及ばざること遠し。故に蘇瑞は不文にして仏蘭西は文明と云はざるを得ず。然るに仏は旧き天主教を奉じ、蘇瑞は新教の「プロテスタント」に帰依せり。この趣を見て考れば、天主教も仏蘭西に在ては其教風を改めて自から仏人の気象に適するもの歟、然らざれば仏人は宗教を度外に置て顧みざることなる可し。新教も蘇瑞両国に於ては其性を変じて自から人民の痴愚に適するものならん。到底(ツマリ)宗教は文明の度に従て形を改るの明証と云ふ可し。日本にても旧き山伏の宗旨又は天台真言宗の如きは専ら不思議を唱へ、或は水火の縁を結ぶと云ひ、或は加持祈禱の妙法を修すると云ひ、以て人を蠱惑して、古の人民はこの妄誕を信仰せしことなりしが、中古一向宗の起るに及ては不思議を云ふこと少なく、其教風都て簡易淡薄を主として亦中古の人文に適し、遂に諸宗を圧倒して独り権力を専らにせり。世の文明次第に進歩すれば宗教も必ず簡易に従ひ、稍や道理に基かざるを得ざるの証なり。仮に今日に在て弘法大師を再生せしめ、其古人を蠱惑せし所の不可思議を唱へしむることあるも、明治年間の人には之を信ずる者甚だ稀なる可し。故に今日の人民はまさに今日の宗旨に適し、宗旨も人民に満足し、人民も宗旨に満足して、互に不平ある可らず。若し日本の文明今より次第に進て、今の一向宗をも虚誕なりとして之を厭ふに至らば、必ず又別の一向宗を生ずることもある可し。或は西洋に行はるゝ宗旨を其まゝに採用することもある可し。結局宗旨のことは之を度外に置く可きのみ。学者の力を尽すも政府の権を用るも如何ともす可きものに非ず。唯自然の成行に任ず可きのみ。故に書を著して宗旨の是非正邪を論じ、法を設けて宗旨の教を支配せんとする者は、天下の至愚と云ふ可し。

 有徳の善人必ずしも善を為さず、無徳の悪人必ずしも悪を為さず。往時西洋諸国にて宗旨のために師を起し人を殺したるの例は歴史を見て知る可し。其最も甚しきものは「ペルセキウション」とて、己が信ずる所の宗旨に異なる者を逐て之を殺戮することなり。古来仏蘭西及び西班牙(いすぱにあ)に於て其例最も多し。有名なる「バルゾロミウ」の屠戮(とりく)には、八日の間に無罪の人民五千人を殺したりと云ふ。《事は西洋事情二編仏蘭西の史記にあり。》其惨酷なるは沙汰の限りなれども、屠戮を行ふたる本人に就て見れば、元と一心一向に宗旨を信じ、信の一事に於ては俯仰憚る所なく、所謂屋漏に恥ざる善人なり。此善人にして此大悪事を行ふは何ぞや。私徳の足らざるに非ず、聡明の智恵に乏しきなり。愚人に権力を附して、之をして信ずる所あらしめなば、何等の大悪事をも為さゞることなし。世のために最も恐る可き妖怪と云ふ可し。爾来諸国の文物漸く盛なるに至り、今日は既に「ペルセキウション」の事あるを聞かず。こは古今の宗旨に異同あるに非ず、文明の前後に由て然るものなり。均しく是れ耶蘇の宗旨なるに、古はこの宗旨のために人を殺し、今はこの宗旨を以て人を救ふとは何故ぞ。人の智愚に就て其源因を求むるの外は手段なかる可し。故に智恵は徳義の光明を増すのみならず、徳義を保護して悪を免かれしむるものなり。近くは我日本にても、水戸の藩中に正党姦党の事あり。其由来は今爰に論ずるに及ばずと雖ども、結局、忠義の二字を議論して徒党を分たるものにて、其事柄は宗旨論に異ならず。正と云ひ姦と云ふも其字に意味ある可らず。自から称して正と云ひ他を評して姦と名るのみ。両党共に忠義の事を行ひ、其一人の言行に就て之を見れば腹中甕(かめ)の如き赤心を納る者多し。其偽君子に非ざるの証は、此輩が事を誤るときに当て常に従容死に就き狼狽する者なきを見て知る可し。然るに近世議論のために無辜の人民を殺したるの多きは水戸の藩中を最とす。是亦善人の悪を為したる一例なり。

 徳川家康は乱世の後を承け櫛風(しつぷう)浴雨、艱難を憚らずして遂に三百年の太平を開き、天下を泰山の安(やすき)に置たりとて、今日に至るまでも其功業の美なるを称せざる者なし。実に足利の末世、海内紛擾の時に当て、織田豊臣の功業も未だ其基を固くすること能はず。此時に家康なかりせば何れの時か太平を期す可きや。実に家康は三百年間太平の父母と云ふ可し。然るに此人の一心に就き其徳義を察すれば、人に恥づ可きもの少なからず。就中其太閤の遺託に背て大阪を保護するの意なく、特に託せられたる秀頼を輔けずして却て其遊冶暗弱を養成し、石田三成の除く可きを除かずして後日大阪を倒すの媒妁に遺したるが如きは、奸計の甚しきものを云ふ可し。此一条に就ては家康の身には一点の徳義なきが如し。然るに此不徳を以て三百年の太平を開き衆庶を塗炭に救たるは奇談に非ずや。其他頼朝にても信長にても、一身の行状を論ずれば残忍刻薄偽詐反覆悪む可きもの多しと雖ども、皆一時の干戈を止め人民の殺戮を少なくしたるは何ぞや。悪人も必ずしも善を為さゞるに非ざるなり。必竟此輩の英雄は、或は私徳に欠点ありと雖ども、聡明叡知の働を以て善の大なるものを成したる人物と云ふ可し。一点の瑾(きず)を見て全璧の価を評す可らざるなり。

 右に論ずる所を約して云へば、徳義は一人の行状にて其功能の及ぶ所狭く、智恵は人に伝ること速にして其及ぶ所広し、徳義の事は開闢の初より既に定て進歩す可らず、智恵の働は日に進て際限あることなし、徳義は有形の術を以て人に教ゆ可らず、之を得ると否とは人々の工夫に在り、智恵は之に反して人の智恵を糺すに試験の法あり、徳義は頓に進退することあり、智恵は一度び之を得て失ふことなし、智恵は互に依頼して其功能を顕はすものなり、善人も悪を為すことあり悪人も善を行ふことありとのことを説き示したるものなり。抑も徳義を人に授るに就ては有形の方術なく、忠告の及ぶ所は僅に親族朋友の間のみなりと雖ども、其風化の達する領分は甚だ広し。万里の外に出版したる著書を見て大に発明することあり、古人の言行を聞て自から工夫を運らし遂に一身の心術を改る者あり。伯夷の風を聞て立つとは此事なり。苟も人として世を害するの意なくば一身の徳義を脩めざる可けんや。名のために非ず、利のために非ず、正に是れ人類たる者の自から任ず可き徳義の責なり。自己の悪念を防ぐには、勇士が敵に向て戦ふが如く、暴君が民を御して之を窘るが如くし、善を見て之を採るは守銭奴が銭を貪て飽くことを知らざる者の如くし、既に一身を脩め又よく一家を教化し、尚余力あらば乃ち広く他人に及ぼして之に説き之に諭し、衆生をして徳の門に入らしめ、一歩にても徳義の領分を弘めんことを勉む可し。是亦人間の一科業にて、文明を助るの功能固より洪大なるが故に、世に教化師の類ありて徳義の事を勧るは誠に願ふ可きことなれども、唯徳義の一方を以て世界中を籠絡せんとし、或は其甚しきに至ては徳教中の一派を主張して他の教派を排し、一派を以て世の徳教を押領して兼て又智恵の領分をも犯し、恰も人間の務は徳教の一事に止りて徳教の事は又其内の一派に限るものゝ如くし、人の思想を束縛して自由を得さしめず、却て人を無為無智に陥れて実の文明を害するが如きは、余輩の最も悦ばざる所なり。受身の私徳を以て世の文明を助け、世人をして其徳沢を被らしむることあるは、偶然に成たる美事と云ふ可きのみ。譬へば我地面内に家を建てゝ遇ま隣家の屏墻と為りたるが如し。隣人のためには極て便利なりと雖ども、元と我家を建たるは自己のためにして隣人のためにしたるに非ず、偶然の便利と云ふ可きのみ。私徳を脩るも元と一身のためにするものにて他人のためにするに非ず、若し他人のために徳を脩る者あらば、即是れ偽君子にて、徳行家の悪む所なり。故に徳義の本分は一身を脩るに在り。其これを脩て文明に益することあるは偶然の美事のみ。偶然の事に拠て一世を支配せんとするは大なる誤と云ふ可し。元来人として此世に生れ、僅に一身の始末をすればとて、未だ人たるの職分を終れりとするに足らず。試に問ふ、徳行の君子、日に衣食する所の物は何処より来たるや。上帝の恩沢洪大なりと雖ども、衣服は山に生ぜず、食は天より降らず。況や世の文明次第に進めば其便利、唯衣服飲食のみならず、蒸気電信の利あり、政令商売の便あるに於てをや。皆是れ智恵の賜にあらざるはなし。人間同権の趣意に従へば、坐して他人の賜を受るの理ある可らず。若し徳行の君子をして瓢瓠(へうこ)の如くならしめ、よく懸て食ふことなくば則ち止まん(有徳の君子がぶら下がるだけで食べられない瓢箪のやうなものになるなら無意味なことだ)。苟も食を喰ひ衣を服し、蒸気電信の利を利として、政令商売の便を便とすることあらば、亦其責に任ぜざる可らず。加之肉体の便利既に饒にして一身の私徳既に恥ることなしと云ふも、尚この有様に止て安ずるの理なし。其饒と云ひ、恥るなしと云ふは、僅に今日の文明に於て足れるのみ、未だ其極に至らざること明なり。人の精神の発達するは限あることなし、造化の仕掛には定則あらざるはなし。無限の精神を以て有定の理を窮め、遂には有形無形の別なく、天地間の事物を悉皆人の精神の内に包羅して洩すものなきに至る可し。此一段に至ては何ぞ又区々の智徳を弁じて其界を争ふに足らん。恰も人天並立の有様なり。天下後世必ず其日ある可し。
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政治家が持つべき素質と要件

【正論】希望的観測では首相は務まらぬ 配信元:2010/03/26 09:00

 永田町界隈の風刺話を聞いた。「東京には、正体不明の怪鳥がいる。日本人はサギだと言うが、中国人はカモと見、米国人はチキン、欧州人はアホウドリだと言う。本人はハト(鳩)と言い張っているが、おれは日本のガンだと思う…」と。ワシントンの日本人社会が発信源だとか…。

 ≪「政治哲学」に見逃せぬ誤り≫

 日本政治の迷走の根因は、鳩山由紀夫首相である。小沢一郎幹事長の問題はしばらくおく。首相は、日本を取り巻く国際環境とわが経済力を冷厳に直視できず、適切な軍師の助言も得ていない。それは首相の「私の政治哲学」(『Voice』誌)と就任後の言動から明々白々である。

 鳩山論文は一見理想主義的に見えるが、見逃せぬ重大な誤謬(ごびゅう)が経済と政治の両面にある。経済では、今の金融危機を米国の市場原理主義のせいと論じた。だがそれは一因で、日米の長期不況には他の複雑な要因がある。その論は単純すぎ、反米トーンが強すぎる。

 政治でも、日米同盟は日本外交の基軸だと書きつつ、数年前に主張した「駐留なき安保」を否定しなかった。記者に問われて初めて「封印する」と語った。国際政治の認識不足を自認したのだ。

 論文の末尾に首相は、クーデンホーフカレルギー伯(欧州連合を構想した政治家)を引用して言う。「すべての偉大な歴史的出来事が、ユートピアとして始まり夢に終わるか、現実となるかは、それを信じる人間の数と実行力にかかる」と。

 その通り、正に政治家鳩山に問われるのは実行力である。だが、首相が語ったのは、論文でも記者会見でも、殆(ほとん)ど希望的観測ばかりで、実行の手筈(てはず)や行程表がない。

 ≪現実離れ書生論と弱者思考≫

 論文が現実離れした書生論というだけでなく、首相は就任後も同じ過ちを繰り返している。

 二酸化炭素削減25%を突然、国際約束した。ところが、実現策の論議も突っ込んだ検証も乏しく、今回の温暖化対策法案での具体化はおぼつかない。普天間問題では、八方美人の発言を繰り返すが、他の府県と真剣な交渉も懇請も国民の啓発もしない。米国と交渉もなく5月決着の「覚悟」を語る。これは覚悟ではない。希望的観測にすぎず、実践の苦労を回避する弱者の思考である。

 良き宰相には、持つべき素質と要件がある。管見の及ぶところ、歴史家トインビーが示した4条件が見事である。

 (1)勇気と、国民を奮い立たせる能力がある

 (2)私的偏見がない

 (3)他人の考えや気持ちを敏感にとらえる直感力を持つ

 (4)あくまで確実で限られた目標を追求する

 トインビーは(1)の例に、アタチュルク(トルコ共和国を創設)、チャーチル、ガンジー、ホーチミンを、(2)でトルーマンを挙げ、(4)を論じて言う。「同じ革命家の中でも、(ロシア革命の)トロツキーは幻想家として失敗し、レーニンとスターリンは現実主義者として成功した」と。

 鳩山氏はこの名言の4条件を著しく満たさないが、致命的なのは特に(4)の条件である。それは上述の拙論から明らかであろう。

 ≪自民党は急ぎ「受け皿」を≫

 だが問題は、鳩山首相だけではない。同じ宰相の4要件を過去の首相に適用すれば、どんな採点になるか。ここ数年、自民党の党首・首相の選出も、主要閣僚の選任もひどいものであった。故に民の信を失いお灸をすえられたので、政権交代は良かったのである。

 だが現内閣の実績は、その不慣れに配慮しても、前途に大不安を抱かせる。迷走が続けば、日本政府は内外で信を失い、また軽侮されよう。もしも今、大事件が起れば、現政府は機敏適切に対処できず、国が危殆(きたい)に瀕(ひん)しはしないか。

 この故に、自民党とその同志は現政権の「受け皿」づくりを急いでほしい。具体的には、次の2つが緊急事であろう。

 (1)党首選出の手続改正と実施

 (2)影の内閣の選任

 現行手続は、党首が首相適任者か否かを吟味する工夫がない。候補者の人柄と内政、外交軍事に関する識見をチェックするため、もっと時間をかけ、多数の党員などと内閣の重要課題につき質疑応答せねばならない。その上で、候補者を絞り込む予備選挙をへて、最終的に2人の候補で決選投票をする手続がよい。谷垣禎一総裁は早急に、新選出法を決め、新党首を選出すべきだ。与謝野馨氏、舛添要一氏その他も、新党よりも、各人の政策をひっさげて予備選に出て雌雄を決してほしい。

 次に、責任ある野党として政府の政策の代案を提出することだ。2大政党制は、政策の明白な基本的対立が前提である。自民党には有能な閣僚候補が多い。党首は、すべからく影の内閣をつくり、各省別に現政府の政策に代わる政策案を提示し、国会で論戦すべきである。そうして初めて、国民に政府交代の内容が明らかになり、看板倒れのマニフェスト(政権公約)のごまかしは通らなくなるであろう。(京都大学名誉教授・市村真一)

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